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東京地方裁判所 平成10年(刑わ)2739号 判決

主文

被告人A及び同Bをいずれも懲役三年に、被告人C、同D及び同Eをいずれも懲役二年六月に、被告人F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、及び同Mをいずれも懲役二年にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人E、同F、同G及び同Hに対してはいずれも一三〇日を、被告人A、同B、同C、同D、同I、同J、同K、同L及び同Mに対してはいずれも一〇〇日を、それぞれの刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人Aに対しては五年間、被告人B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L及び同Mに対してはいずれも四年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

第一  本件関係者等の概要

一  防衛庁調達実施本部(以下「調本」という。)

1  調本は、自衛隊の任務遂行に必要な防衛装備品等の調達を一元的に実施するため、昭和二九年七月、防衛庁の発足とともに創設された機関であり(防衛庁設置法三一条、三二条)、本部と地方機関によって構成されており、本部には、本部長の下に六副本部長、一室二〇課が置かれ、その一室二〇課の構成に従って、六名の副本部長がそれぞれ総務(総務担当副本部長)、契約・原価計算(契約原価計算第一担当副本部長、同第二担当副本部長、同第三担当副本部長)、調達管理(調達管理第一担当副本部長、同第二担当副本部長)の所掌事務を分担して、一連の調達業務を遂行していた(防衛庁組織令一八三条以下)。

2  被告人A(以下「被告人A」という。)は、昭和三九年四月、防衛庁事務官として採用され、教育訓練局長を経て、平成五年六月二五日から平成七年一〇月一九日までの間、調本本部長であり、N(以下「N」という。)は、防衛大学校を卒業後、昭和三七年四月、防衛庁技官として採用され、調本東京支部長を経て、平成四年六月三〇日から平成七年六月二六日までの間、調本契約原価計算第一担当副本部長であった。

二  日本電気株式会社(以下「NEC」という。)

1  NECは、明治三二年七月に設立され、東京都港区芝〈番地略〉に本店を置き、電気通信機械器具、電子応用機械器具等の製造・販売等を目的をしており、防衛庁に対して、電気、通信、電波、誘導武器等の各分野にわたる防衛装備品を納入しているところ、C&C基盤事業グループ内の無線事業本部の一部等が防衛装備品等の生産を担当し、官公営業グループがその営業を担当していた。

2  被告人B(以下「被告人B」という。)は、昭和三三年四月、NECに入社し、平成三年六月から平成六年六月までの間、官公営業等担当常務取締役、同月から平成七年五月までの間、官公営業等担当専務取締役であり、被告人C(以下「被告人C」という。)は、昭和三九年四月、NECに入社し、平成三年七月から平成六年六月までの間、官公営業グループの官公企画室長、同年七月から平成七年六月までの間、官公企画室防衛営業担当支配人であり、被告人D(以下「被告人D」という。)は、昭和三四年四月、NECに入社し、平成四年六月から平成八年六月までの間、無線事業本部特定システムブロック防衛事業推進室長であり、被告人I(以下「被告I」という。)は、昭和三五年四月、NECに入社し、平成六年六月から平成八年六月までの間、常務取締役無線事業本部長であり、被告人J(以下「被告人J」という。)は、昭和三八年四月、NECに入社に、平成六年七月から平成八年九月までの間、無線事業本部宇宙ブロック担当支配人及び同本部特定システムブロック担当支配人を兼務しており、被告人K(以下「被告人K」という。)は、昭和四四年四月、NECに入社し、平成三年七月から平成八年九月までの間、無線事業本部特定シムテムブロック電波応用事業部長であった。

三  東洋通信機株式会社(以下「東通」という。)

1  東通は、昭和二四年一一月に設立され、神奈川県高座郡寒川町小谷〈番地略〉に本店を置き、各種通信機器、水晶機器等の製造・販売等を目的としており、防衛庁に対する主要納入品は、味方識別装置、無線機及び送受信機等であり、平成元年から平成五年までの防衛庁向け売上は年間約五八億円ないし六九億円であって、売上全体に対して占める割合は約八パーセントないし約一一パーセントであった。また、同社の発行済株式総数の約三九パーセントがNECに保有されており、NECの持分法適用会社であって、歴代の代表取締役はすべてNECの出身者で占められていた。

2  被告人E(以下「被告人E」という。)は、昭和三〇年四月、NECに入社し、同社専務取締役を経て、平成四年六月から平成一〇年六月までの間、東通の代表取締役社長であり、被告人F(以下「被告人F」という。)は、昭和三七年四月、NECに入社し、平成五年六月、東通に取締役支配人として出向した後、平成六年六月から平成一〇年九月までの間、東通の常務取締役であり、被告人G(以下「被告人G」という。)は、昭和四一年四月、東通に入社に、平成五年四月から平成一〇年九月までの間、官公営業部長であり、被告人H(以下「被告人H」という。)は、昭和三八年四月、東通に入社し、平成五年七月から平成六年五月までの間、経理部次長、同年六月から平成一〇年九月までの間、取締役経理部長であった。

四  ニコー電子株式会社(以下「ニコー電子」という。)

1  ニコー電子は、昭和二八年一二月に設立の株式会社二光電気製作所が昭和四〇年一月に商号変更されたものであり、本店を横浜市港北区太尾町〈番地略〉に置き、電信機器、特殊通信機器、その他電気通信機器の製造・販売等を目的としており、防衛庁に対する主要納入品は特殊通信機器である暗号装置であり、平成二年から平成六年までの防衛庁向け売上は年間約九億円ないし一三億円であって、売上全体に対して占める割合は約二四パーセントないし約四二パーセントであった。また、同社の発行済株式総数の全部がNECに保有されたNECの子会社であり、事実上NEC通信事業本部の一部門を担当しており、歴代の代表取締役はすべてNEC出身者で占められ、取締役も大部分はNEC出身者であった。

2  被告人L(以下「被告人L」という。)は、昭和三二年四月、NECに入社して、平成二年六月ニコー電子 に常務取締役として出向し、平成四年六月から平成七年六月までの間、ニコー電子の代表取締役社長であり、被告人M(以下「被告人M」という。)は、昭和三〇年七月、前記株式会社二光製作所に入社し、商号変更後のニコー電子に引き続き勤務し、平成四年六月から平成八年六月までの間、取締役総務部長であった。

第二  調本における調達業務の概要及び調本本部長等の任務と職務権限

一  調本における調達業務の概要

1  調本における調達業務は、装備品等及び役務の調達実施に関する訓令(昭和四九年防衛庁訓令第四号)等に基づき、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長が作成の防衛基本計画に基づき、防衛装備品等の調達要求計画を把握し、調達基本計画を作成し、契約の相手方となろうとする者の資格検査、業態調査、契約方式の決定等を行い、当該防衛装備品等の予定価格を算出し、予定価格調書を作成し、契約相手方との入札、商議を経て、支出負担行為を発議し、その認証を経て契約を締結し、監督、検査、さらには、監査付き契約(契約相手方に対する原価監査を実施する旨の特約が付された契約)の原価監査を行う等するのであり、原則として、支出負担行為担当官(以下「支担官」という。)である調本本部長が装備品調達にかかる契約等の支出負担行為を行うが(会計法一〇条、一三条一項等)、支出負担行為の一部については、契約原価計算第一担当等の各副本部長が分任支出負担行為担当官(以下「分任支担官」という。)として分掌している(同法一三条三項、五項等)。さらに、本部長らが行う支出負担行為の適正を期するため、総務担当副本部長が、支出負担行為認証官としてその認証事務を行うこととされている(同法一三条の三第一項、三項等)。

2  調本が調達する防衛装備品等は、その用途の特殊性から市販性が少ないこと、仕様が複雑であることなどから、多くの場合、特定の契約相手方との間で行う指名競争契約や随意契約に付され(同法二九条の三第三項、四項)、また、契約代金額の確定の仕方で契約方法が区分されており(昭和六三年調本達第四号・契約事務に関する達四七条以下)、適正に代金額を確定するため、監査付き契約に付されることもある。そして、いずれの場合も、調本が契約を締結するに当たっては、あらかじめ予定価格を算定し、その予定価格の範囲内で契約を締結することとされており(会計法二九条の六、予算決算及び会計令七九条、八〇条、九八条及び九九条の五)、防衛庁においては、予定価格の算定が恣意的になるのを防ぐため、一定の計算方法に従って計算根拠を明らかにしながら算出した計算価格を基準とすると定められている(昭和三七年防衛庁訓令三五号・調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令三条以下)。計算価格の算定方式には、市場価格等を基準とする市場価格方式と、生産費用を構成要素ごとに積み上げた製造原価に適正利益等を付加して算定する原価計算方式の二つの方式があり、調本が調達する防衛装備品等は、前述のとおり特殊仕様が要求され、市場性が少ないものが多いため、実際の算定に当たっては原価計算方式による場合が多く、東通が納入していた味方識別装置やニコー電子が納入していた暗号装置等も、原価計算方式によって計算価格を算定していた。

二  被告人A及びNの職務権限とその任務

1  調本本部長は、防衛庁長官の指揮監督を受け、調本が行う防衛装備品等の調達に関する部務を掌理するとともに(防衛庁設置法三一条二項、防衛庁組織令一八三条二項)、内閣総理大臣の指定により、支担官として、調本の所掌に属する総理府所管一般会計歳出予算、継続費及び国庫債務負担行為に基づく支出負担行為に関する事務を所掌していた。また、調本契約原価計算第一担当副本部長は、調本本部長を助け、担当部務である調本契約第一課、輸入課、原価管理課及び原価計算第一課の所掌事務を整理するとともに(防衛庁組織令一八四条、昭和三二年防衛庁訓令三一号・調達実施本部の副本部長の担当部務を定める訓令)、内閣総理大臣の指定に基づき、分任支担官として、支担官たる調本本部長の所掌事務のうち、契約第一課及び輸入課の所掌に属する一般会計総理府所管(組織)防衛本庁の歳出予算、継続費及び国庫債務負担行為に基づき支出負担行為に関する事務で予定価格が二億円未満であって予定金額が一件一〇億円未満のものを分掌していた。なお、東通の味方識別装置やニコー電子の暗号装置等の通信電気機器類の調達に当たっての計算価格・予定価格の算定は、原価計算第一課が(防衛庁組織令二〇三条)、計算価格算定に必要な標準個別経費率の算定は、原価管理課が(同令二〇二条一号)、その調達に当たっての契約締結に関する事務は、契約第一課が(同令一九五条)それぞれ所掌しており、これらの事務については結局は調本契約原価計算第一担当副本部長の担当部務に属していたことになる。

2  調本本部長の被告人A及び調本契約原価計算第一担当副本部長のN両名は、支担官あるいは分任支担官として、さらに国のために契約その他の債権発生に関する行為を担当する契約等担当職員として、支出負担行為を行うに当たっては、会計法令及び予算の定めるところに従い、国にとって最も有利になるように公正かつ適正な価格で契約を締結すべき任務を負うほか(会計法一一条、一二条、二九条の六、予算執行職員等の責任に関する法律三条一項)、支出負担行為の結果、債権が発生したことを知ったときは、歳入徴収官たる調本会計課長に債権発生通知をしなければならず(国の債権の管理等に関する法律一二条一号ないし三号)、さらに、法令等に定めのある場合を除くほかは、債権の減免及び履行期の延長に関する事項についての定めをしてはならず(同法三四条、財政法八条)、これを一括返納させて現年度歳入に組み入れる方法により国に返還させるべき任務を負っていた(会計法九条本文)。

第三  東通関連の背任事件

一  犯行に至る経緯

1  東通における工数水増し

東通においては、遅くとも昭和五一年以降、防衛庁に納入する味方識別装置等の防衛装備品等の製造請負契約に当たり、調本に対し、総利益が製造原価の約四割を占めるように、工数(装備品製造等に要する作業時間数)を過大に記載した見積書を提出して計算価格算定の基礎とさせ、適正代金額を超える過大な予定価格を調本に決定させて、過大な代金支払を受けていたが、その方法としては、単に計算価格の算定資料として提出する見積工数を水増しして申告しただけではなく、標準個別経費率の算定資料として提出が求められていた保有工数(防衛装備品等の製造の直接部門の作業員総作業時間数)を調整して申告するなどして、加工費率が低く査定されないようにさせていたほか、監査付き契約における実績原価の報告に際しても、工数を水増しした虚偽の内容の見積書等を作成して提出するなどしていたものであり、さらに、見積りの査定等のために調本から前年度実績工数に関する資料の提出を要求された場合に備えて、真実の工数が記録された仕掛台帳のほかに、工数水増しをした見積書等と符合する虚偽の内容の仕掛台帳を別に作成しており、調本からの提出要求があった場合には虚偽の仕掛台帳を提出していた。

2  工数水増しの発覚と被告人らの対応

平成六年二月下旬、東通との防衛装備品等の製造請負契約に係る予定価格の決裁に際し、加工費の割合が高いことなどに不審を抱いたNが、部下の調本職員らに調査を指示したところ、同年三月一日ころまでには、東通から提出された資料によると、過去五年間の契約における計算工数の合計がその間の保有工数の合計より約一四万工数も上回っていることが判明したため、東通が大規模で組織的な工数水増し工作を長期間継続しており、適正利益を遙かに超える過大な代金の支払を受けてきたことを把握するに至り、Nからその旨の報告を受けた被告人Aは、Nに対し、極秘のうちに東通関係者から事情を聴取して、今後の対応を検討するように指示した。その後、被告人A及びNは、調査結果の報告を受けて、東通から国に返還すべき過大収得額が数十億円という巨額に上ることが予測され、工数水増しの方法も、前記1記載のとおり、相当に手の込んだ組織的で悪質なものであることを把握したものの、本件工数水増しの事実が公になった場合には、前年にも日本工機株式会社による工数水増し問題が発覚し、その処理が終了して間がない時期に一層悪質な事案が発覚したことになり、かかる悪質な水増しを長年にわたり看過していたことを理由に、会計検査院から厳しい指摘を受けたり、マスコミなどから厳しく批判され、場合によっては自分らの責任問題にも発展しかねないと危惧する一方、これを放置すれば予算執行職員等の責任に関する法律による弁償責任を問われかねないなどと考えて、相談を重ねた結果、同月中旬までには、調本本部長や調本契約原価計算第一担当副本部長としての前記自分らの任務に背いて、東通からの返還額を一〇億円程度に減額すること、本来行うべき債権発生通知を行った場合には東通の工数水増しの事実が公となるため、債権発生通知は行わず、履行中の契約代金額を減額することにして順次返還を求めることにより、工数水増し問題を秘密裏に処理する方針を決めた。

東通代表取締役社長の被告人Eは、同月一日ころ、同社官公営業部長の被告人Gや同社経理部次長の被告人Hらから、工数水増しの事実が調本に発覚したとの報告を受け、そのころ被告人Hから調本への返還金額が数億円単位の莫大な金額に上るという報告を受け、そのようなことになれば、東通の経営に深刻な打撃を受けることになると憂慮していたところ、同月三日、調本に謝罪のためNを訪ねた際、「本件は非常にまずい事案だ。調本では秘密裏に処理しようと考えている。全面的に協力しろ。この件がマスコミにばれないように、この件に対応する者を社内で指名してくれ。社長は忙しいだろうから、この件に専従できる者を二名決めろ。こちらからも話しておくが、社長の方からも、NECのB常務に工数水増しが発覚したことを報告しておけ。」と命じられたことから、調本では責任問題に発展することを嫌って、秘密裏に処理する意向であると察知し、過払い金を適正に返還させるべき被告人Aらの任務違背を認識した上で、秘密裏に水増し問題を処理する方針に全面的に従うこととし、その後、株主総会対策等として返納額が一〇億円未満になるよう被告人Aらに依頼したほか、被告人H及び同Gを調本との連絡役に指名し、さらに、NEC出身の東通取締役の被告人FをNECとの連絡役に当てるなどして、NEC官公営業担当等常務取締役の被告人Bや同社官公企画室長の被告人Cに工数水増しの処理について協力を要請した。Nからも本件処理の協力を要請されていた被告人B及び同Cにおいては、相談の結果、NECの持分法適用会社である東通の工数水増しによる返納額が巨額になればNEC自体の業績に悪影響が及ぶことや、右水増しの事実が公になった場合の東通の関係会社であるNECの信用が失墜することをおそれ、さらに、NECでも、調本との製造請負契約に当たり従前から工数水増しによって組織的に契約代金の過払いを受けていたところ、場合によっては、NEC自体の工数水増しが発覚することを危惧し、被告人Aらの前記任務違背を認識した上で東通側及びNらからの協力要請に応じ、原価計算に精通するNEC無線事業本部特定シムテムブロック防衛事業推進室長の被告人Dに調本との実務レベルでの減額交渉を要請し、以後、被告人Dが、被告人H及び同Gらの協力を得ながら、一般管理及び販売費から控除すべき広告宣伝費等の非原価項目を原価から控除せず、管理会計上の概念にすぎない社内金利を費用として容認するなどの提案を行うなど、Nらとの減額交渉、不正処理工作に当たった。また、そのころ、被告人Aは、かねて防衛庁長官官房長から、いわゆる上級試験合格者である防衛庁のキャリア事務官の退職後の再就職先の確保方を依頼されていたことから、返還額を大幅に減額する見返りとして防衛庁退職者を東通の顧問等に受入れさせたいと提案して、Nの承諾を得たので、Nを通じてその旨被告人Eや同Bらに強く要請したところ、被告人Eらにおいても返納金額減額を現実化するには、これを受け入れるほかはないと判断して右要請を了解し、防衛庁退職者を東通の顧問等として継続的に受け入れることになった。そして、同年四月下旬から五月中旬にかけて、被告人A及びNらの指示等により、調本内部で具体的な減額や、返還方法が固まり、被告人Aら、NEC側及び東通側との協力体制の下で、右具体的方法に従った返還手続に入った。

二  罪となるべき事実

被告人A、同B、同C、同D、同E、同F、同G及び同Hは、Nと共謀の上、調本の東通に対する代金過払いに係る返還金額を密かに一〇億円未満に減額しようと企て、平成六年六月二七日ころ及び平成七年三月二四日ころの二回にわたり、東京都港区赤坂〈番地略〉所在の調本において、被告人Aらの保身並びに東通及びNECの利益を図るとともに、東通から調本の退職者に顧問料等名下の金員の提供を受けさせるなどの目的をもって、平成元年四月一日以降の履行に係る味方識別装置等の製造請負契約(合計一〇八三件)の契約金額合計三七六億八一九二万二四八五円につき、調本が契約金額を修正して過払い相当額を東通から国に返還させるに当たり、被告人A及びNにおいて、前記のとおり、会計法、国の債権の管理等に関する法律、予算決算及び会計令、調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令等に従い、東通の「一般管理及び販売費」「支払利子」等の金額を計算して契約金額を修正し、国に返還すべき金額を適正に確定させた上、これにつき、東通との間で債権の減免を行うことなくその全額を現年度歳入への一括組入れの方法により国に返還させる契約を締結すべき任務に背き、修正すべき契約金額の上限額は三四九億六九〇三万一〇〇〇円であって、国に返還すべき金額は利息込みで少なくとも二九億九一四一万三〇〇〇円であったのに、「一般管理及び販売費」から控除すべき広告宣伝費等の非原価項目の金額を控除せず、金融機関等に対する東通の支払利息から受取利息を控除して零とすべき「支払利子」を費用に算入することにより、右上限額を一九億六七三九万八〇〇〇円超える三六九億三六四二万九〇〇〇円に契約金額を修正し、国に返還すべき金額を利息等込みで八億七四三三万六〇〇〇円と過少に確定させ、当該金額の返還方法についても、現年度歳入への一括組入れの方法によることなく、平成六年度までに締結されて履行未了である味方識別装置等の製造請負契約の契約金額から均等割合で減額する方法により順次返還させる旨の契約を東通との間で締結し、もって、東通をして、本来国に返還すべき金額(二九億九一四一万三〇〇〇円)と右過少に確定させた金額との差額二一億一七〇七万七〇〇〇円の返還を免れさせて国に同額の損害を加えた。

第四  ニコー電子関連の背任事件

一  犯行に至る経緯

1  ニコー電子における工数水増し

ニコー電子では、遅くとも昭和六二年ころから、防衛庁に納入する暗号装置等の防衛装備品等の製造請負契約に当たり、工数を水増しして記載した見積書を作成していたほか、真実の工数を記載した原価元帳とは別に、工数を水増しして記載した原価元帳の写しを作成した上、水増し記載した右見積書等とともに調本に提出し、水増しされた工数を基礎として計算価格を算定させることにより、適正な代金額を超える過大な額に決定させた予定価格で契約を締結させて、過大な代金の支払を受けることを繰り返すようになった。

2  工数水増しの事実の発覚及び被告人らの対応

平成七年五月中旬、会計検査院がニコー電子の実地検査に入るとの情報があったことから、調本職員らが調査したところ、ニコー電子の過去数年間における計算工数が、標準個別経費率算定資料として調本に提出されていた同社の保有工数を大きく上回っていることが判明し、Nは、同月二二日ころ、同社が意図的に見積工数を水増ししている疑いが濃厚である旨の報告を部下職員から受けた。その後、ニコー電子側が故意に工数水増しをしていた事実を認めるに至ったため、N及び同人から報告を受けた被告人Aにおいて、ニコー電子の水増し問題についての対処方針を協議したところ、東通事案の処理がようやく秘密裏に終了したばかりである上、他の事案が会計検査院に発覚して、その調査が行われている時期に、新たな工数水増しの事実が公になれば、自らの責任問題に発展することになりかねないなどと危惧し、東通事案と同様に、返還金額をできる限り少なくするなどして秘密裏にこれを処理することとした。さらに、被告人A及びNは、試算の結果、ニコー電子の返還金額は数十億円の巨額になることが判明していたことから、NECの官公営業担当等専務取締役の被告人Bに事態の重大性を認識させて、NECのニコー電子に対する支援体制を確立させるため、同年六月一日ころ、被告人Bに連絡を取り、返還金額の減額を求めるのであれば、ニコー電子に対する支援体制を強化するようにと要請した。

ニコー電子代表取締役社長の被告人Lは、平成七年五月二三日ころ、ニコー電子取締役営業部長Oらから、調本に対する工数水増し工作が発覚した旨報告を受け、多額の金員の返還を強いられることになれば、年間経常利益が一億円にも満たないニコー電子の存続自体が危うくなることなどを危倶し、直ちに、NECのニコー電子に対する所管責任者であるNEC常務取締役無線事業本部長の被告人Iに対してニコー電子の工数水増し工作が調本に発覚した旨報告し、翌二四日ころには、NECの官公企画室長防衛営業担当支配人の被告人Cにも同様の報告を済ませ、官公営業担当者の協力を依頼したほか、原価計算に詳しく、Nと親交のあるNECの無線事業本部特定シムテムブロック防衛事業推進室長の被告人Dにも協力依頼を済ませた。一方、前記のとおり、Nから連絡を受けた被告人Bは、被告人AとNがこの問題が公にならないうちに、返還金を減額して秘密裏に処理したいとの意向を有していることを理解して、被告人Aらの方針に全面的に従うことにして、被告人C、同Dに対して、調本との減額交渉の支援を依頼し、被告人Dは、NEC無線事業本部の特定シムテムブロック担当支配人の被告人J、特定シムテムブロック電波応用事業部長の被告人Kに対し、右報告をしたところ、ニコー電子の取締役総務部長の被告人Mらニコー電子関係者を指揮して、調本との返還金額の減額交渉に当たるように指示されるに至った。さらに、被告人Bは、被告人Cと打ち合わせた結果、ニコー電子がNECの一〇〇パーセント子会社であるため、東通事案の際以上に、NEC等の経済的損失や信用失墜の可能性が高いと危惧し、NECが主体となってニコー電子事案の処理に当たることに決した。また、前述のとおり、被告人I、同J、同Kらにおいても、ニコー電子の工数水増しが発覚したとの報告を受けており、被告人Bらと同様の危惧を抱き、被告人Jらを介するなどして被告人Bらとの協議を持つなどして、NECの官公営業グループとNECの生産事業グループとが協力して調本との減額交渉等に当たることとし、具体的には、東通事案の処理と同様に、被告人Dが中心となって返還金減額交渉やその方策等を考案することとなった。そこで、被告人Dは、ニコー電子の経理部門の責任者でもあった被告人Mから関係資料を提出させるなどして、Nらとともに、検討を加えた上、防衛装備品等とは無関係の、民間企業との間のバス料金機等の製造請負契約等について、その製造原価を間接調達分の製造原価であるように仮装して組み入れること、また、東通事案の場合と同様に、一般管理及び販売費から控除すべき広告宣伝費や交際費という非原価項目を原価から控除しないこと、返還方法として、履行中の契約の契約金額から減額する方法によること等の具体的な減額方法等について検討し、減額手続に入った。

二  罪となるべき事実

被告人A、同B、同C、同D、同I、同J、同K、同L及び同Mは、N及び前記Oと共謀の上、調本のニコー電子に対する代金過払いに係る返還金額を秘密裏に大幅に減額しようと企て、同年六月二三日ころ、前記調本において、被告人Aらの保身並びにニコー電子及びNECの利益を図るなどの目的をもって、平成二年四月一日以降の履行に係る暗号装置等の製造請負契約(合計五四九件)の契約金額合計六一億五四二六万二〇〇〇円につき、調本が契約金額を修正して過払相当額をニコー電子から国に返還させるに当たり、被告人A及びNにおいて、前記のとおり、会計法、国の債権の管理等に関する法律、予算決算及び会計令、調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令等に従い、ニコー電子の「一般管理及び販売費」等の金額を計算して契約金額を修正し、国に返還すべき金額を適正に確定させた上、これにつき、ニコー電子との間で債権の減免を行うことなくその全額を現年度歳入への一括組入れの方法により国に返還させる契約を締結すべき任務に背き、修正すべき契約金額の上限額は四五億九九二六万三〇〇〇円であって、国に返還すべき金額は利息込みで少なくとも一七億一九六三万二〇〇〇円であったのに、「一般管理及び販売費」から控除すべき広告宣伝費等の非原価項目の金額を控除せず、かつ、右製造請負契約と無関係の民間企業との製造請負契約に係る製造原価相当額をあえて右暗号装置等の製造原価に算入することにより、右上限額を一三億二一三二万六〇〇〇円超える五九億二〇五八万九〇〇〇円に契約金額を修正し、国に返還すべき金額を利息込みで二億九六五八万七〇〇〇円と過少に確定させ、当該金額の返還方法についても、現年度歳入への一括組入れの方法によることなく、平成七年度までに締結されて履行未了である暗号装置等の製造請負契約の契約金額から均等割合で減額する方法により順次返還させる旨の契約をニコー電子との間で締結し、もって、ニコー電子をして、本来国に返還すべき金額(一七億一九六三万二〇〇〇円)と右過少に確定させた金額との差額一四億二三〇四万五〇〇〇円の返還を免れさせて国に同額の損害を加えた。

第五  贈賄

一  株式会社シー・キューブド・アイ・システムズ(以下「シー・キューブド社」という。)の概要及び犯行に至る経緯等

1  シーキューブド社は、平成六年一〇月に設立され、本店を東京都港区三田〈番地略〉に置き、指揮統制・通信等に関わる電子応用、電気通信装置及びシステムの製造、販売等を目的としており、その発行済株式総数のうちNECが四〇パーセントを保有しているほか、実質的はNECの子会社の日本アビオニクス株式会社が発行済株式総数の一〇パーセントを保有しているため、実際にはNECが支配しており、NECの一部事業担当会社としてC&Cシステム事業グループが経営方針や役員人事等の指導・管理を行っていたほか、同社官公営業グループも強い発言権を事実上有していた。シー・キューブド社は、NECから移管を受けた航空自衛隊の防空自動警戒管制システム(バッジシステム)の維持、整備を行うほか、航空自衛隊基地内基幹伝送路(LANシステム)等の製造を継続して受注しており、売上の全部が防衛庁からの受注によるもので、調達要求元はすべて航空幕僚監部であった。そこで、航空幕僚監部との良好な関係を維持して行くため、同社では、設立当初から、航空自衛隊を退職した者一名を取締役として受け入れていたが、さらに、防衛庁内局や調本からの一名分の就職枠も予定されていた。

2  防衛庁職員の再就職に関しては、職務に対する国民の信頼等を損なわないようにするため、離職後二年間は離職前五年以内に従事していた職務と密接な関係のある営利企業団体の役員等に就いてはならないこととされ(自衛隊法六二条二項、同法施行規則六二条一項)、所属機関の長を通じて登録営利企業体就職調書を防衛庁長官宛てに提出し、当該企業の対防衛庁売上率や当該企業の売上に占める当該退職予定者所属機関の関与率等につき許容基準を超える場合には、自衛隊離職者審査会に付議されることとなっていたが(防衛事務次官通達「予算決算及び会計令の規定により防衛庁において作成された名簿に登録されている営利企業体に就職する者に対する指導及び調査要綱について」等)、調本でのNの職務とシー・キューブド社の前記業務は極めて密接な関係を有していたため、同審査会の審議を経ても、Nが同社の就職を認められる状態ではなかった。さらに、防衛庁では、退職予定者自身が在職中に就職活動を行うことは禁じられ、所属機関からの斡旋先に就職するのが恒例とされており、Nのような場合には、調本総務課長が斡旋するのが通常であった。

3  Nは、平成七年二月ころ、同年六月末の勧奨退職の打診を受け、退職後は防衛庁の外郭団体の財団法人防衛生産管理協会の専務理事に就任する予定であったが、それだけでは従前より減収となる上、少なくとも四年後にはその地位も失うことになるため、その際にはシー・キューブド社の専務取締役に就任し、それまでは顧問料名下に東通関連の不正減額等の謝礼の趣旨で金員を要求しようと考え、平成七年三月下旬ころ、被告人Cに命じられて調本に来た当時のNEC官公企画室長のPに対し、その旨被告人Bらに伝えるように要求し、右要求を聞いた被告人B及び同Cは、東通関連の工数水増しの補正時期を見計らっての要求であり、東通関連の不正減額等の謝礼の趣旨で顧問料名下に金員を要求したと認識し、やむなく右要求を受け入れることに決して、そのころ右PにNにその旨伝えさせた。そして、同年四月上旬ころ、シーキューブド社の代表取締役社長Qは、被告人Cから、Nを顧問として受け入れ、顧問料を支払うことを指示され、これに従った。その後、前記のとおり、ニコー電子関連の工数水増し問題が発覚し、この関係でも、不正な減額を行なったため、その点の謝礼の趣旨も含まれることになった。また、被告人Bは、同年六月上旬ころ、Nの将来のシー・キューブド社専務取締役就任を確実にするため、被告人Cを通じて、同社の主管担当役員のNEC専務取締役Rに対し、将来Nをシー・キューブド社の専務取締役に受け入れるため、取締役の総数の増員を申し出て、その了解を受けた。

二  罪となるべき事実

被告人B及び同Cは、シー・キューブド社代表取締役社長Qと共謀の上、Nが調本契約原価計算第一担当副本部長として在職中の平成六年四月八日ころ、前記調本において、同人に対し、調本等と東通との間で過去に締結した味方識別装置等の製造請負契約において契約金額の算定根拠となる工数の過大申告等により東通が過払いを受けていたため調本が契約金額を修正して過払い相当額を東通から国に返還させるに当たり右修正すべき契約の金額につき会計法、国の債権の管理等に関する法律、予算決算及び会計令、調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令等に反し、右修正すべき金額として許容される上限を超えて変更して国に返還させるべき金額を過少に確定してもらいたい旨請託し、さらに、右Nが右調本副本部長として在職中の平成七年六月九日ころ、右調本において、同人に対し、調本等とニコー電子との間で過去に締結した暗号装置等の製造請負契約においても前同様に工数の過大申告等によりニコー電子が不正に過払いを受けていたため調本が契約金額を修正して過払い相当額をニコー電子から国に返還させるに当たり前同様国に返還させるべき金額を過少に確定してもらいたい旨請託した上、右Nにおいて、平成六年六月二七日ころ及び平成七年三月二四日ころ、右会計法令等に反して東通をして国に返還させるべき金額を過少に確定させ、当該金額の返還方法についても履行未了である味方識別装置等の製造請負契約の契約金額から均等割合で減額する方法等により順次返還させる旨の契約を東通との間で締結してその職務上不正の行為をし、さらに、平成七年六月二三日ころ、右同様、ニコー電子との間で契約を締結してその職務上不正の行為をしたことに対する謝礼等の趣旨のもとに、平成七年七月二六日ころから平成九年一二月二六日ころまでの間、別表記載のとおり、前後三〇回にわたり、単一の犯意をもって、右Nに対し、シー・キューブド社の顧問料名下に、東京都千代田区内幸町〈番地略〉株式会社第一勧業銀行本店及び東京都品川区上大崎〈番地略〉株式会社住友銀行目黒支店にそれぞれ開設されたN名義の各普通預金口座に合計五三八万五〇〇〇円を振り込み、もって、賄賂を供与した。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一  被告人Aについて

被告人の判示第三の所為は平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条、二四七条に、判示第四の所為は刑法六〇条、二四七条に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

二  被告人B及び同Cについて

被告人両名の判示第三の所為はいずれも改正前の刑法六五条一項、六〇条、二四七条に、判示第四の所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、二四七条に、判示第五の所為はいずれも包括して同法六〇条、一九八条にそれぞれ該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条による刑及び犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人Bを懲役三年に、同Cを懲役二年六月にそれぞれ処し、いずれも同法二一条を適用して未決勾留日数中各一〇〇日をそれぞれその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からいずれも四年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

三  被告人Dについて

被告人の判示第三の所為は改正前の刑法六五条一項、六〇条、二四七条に、判示第四の所為は刑法六五条一項、六〇条、二四七条に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

四  被告人E、同F、同G、同Hについて

被告人四名の判示第三の所為はいずれも改正前の刑法六五条一項、六〇条、二四七条にそれぞれ該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人Eを懲役二年六月に、同F、同G及び同Hをいずれも懲役二年にそれぞれ処し、いずれも同二一条を適用して未決勾留日数中各一三〇日をそれぞれその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からいずれも四年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

五  被告人I、同J、同K、同L及び同Mについて

被告人五名の判示第四の所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、二四七条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人五名をいずれも懲役二年にそれぞれ処し、いずれも同法二一条を適用して未決勾留日数中各一〇〇日をそれぞれその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からいずれも四年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

一 本件各犯行のうち、背任の点は、東通及びニコー電子両社が、防衛装備品等の調達業務を所掌する調本に対し、契約金額の算定根拠となる工数を長年にわたり過大に偽って申告するなどして、代金を不正に請求し、過大な代金の支払を受けてきたところ、これが発覚したことから、過払い金額を国に返還すべき立場に陥ったため、両社やその親会社であるNECの関係者らからの働きかけを受けて、当時の調本本部長及び同副本部長が、会計法令等に違反して、返還金額を不正に減額したうえ、一括返済を求めなかったため、合計三五億円余りという巨額の損害を国に与えたというものであり、贈賄の点は、右のように不正な減額を受けたことに対する見返り等として、NECの関係者らが調本副本部長に対し、NECの実質的子会社において顧問料名下に賄賂を供与したという事案である。

二 背任事件について

1 調本は、自衛隊の任務遂行に必要な火器、船舶、航空機、弾火薬類、電気通信等の巨額を要する防衛装備品等の調達を一元的に実施する国の会計機関であり、国民のための貴重な財源を浪費することなく、専門的な知識、経験や能力に基づいて適正な価格でこれらを調達することがその基本的任務であり、その最高責任者である調本本部長は、調本のこのような基本的任務を全うするため、防衛庁長官の指揮監督を受け、防衛装備品等の調達に関する部務を掌理し、かつ、内閣総理大臣の指定により、支担官として予算、継続費、国庫債務負担行為に基づく支出負担行為に関する事務を所掌し、国に最も有利になるべく適正価格で契約を締結するように務める任務を遂行するほか、法令の規定に基づき国のために契約、その他の債権の発生に関する行為をする契約等担当職員であるから、関係法令等を遵守すべき立場にあり、本件のような工数水増しによる不当で過大な代金支払の事実があった場合には、直ちに適正価格との差額である過大収得額を一括して国に返還させるべき任務を負っていたことが明らかであり、本部長を補佐すべき副本部長も同様の任務を負っていたものである。しかしながら、本部長の被告人A及び副本部長のNは、このような使命を忘れ、東通、ニコー電子やNECの関係者からの働きかけを受けると、自分らの保身や関係各会社の利益を図るなどの目的で、任務に背いて、返還金額を大幅に減額した上、返還方法についても、現年度歳入への一括組入れによることなく、履行中の製造請負契約の契約金額を減額することによって順次返還するにとどめたものであって、調本の本来的使命を無視するだけではなく、その存在意義を根底から否定しかねないものであり、甚だ違法性の高い、極めて悪質な犯行といわなければならない。

2 本件の動機は、被告人Aの場合には、東通やニコー電子により組織的、計画的に長年にわたり繰り返し行われてきた工数水増しの事実が公になったときには、これを看過して長年放置してきた責任を厳しく問われる事態になることを危倶し、秘密裏に処理しようとしたものであり、東通事案においては、優良な天下り先の確保に苦慮していた防衛庁退職者を東通の役員や顧問として受入れさせようとも画策しており、国民全体の奉仕者である公務員としての自覚に著しく欠けるものであって、何ら酌量の余地はない。

また、各会社関係の被告人の場合には、組織的に不正な工数の水増し工作が行われた結果、過大収得金の返還請求が行われたのであるから、不正行為を反省して、国の損害の回復を図るべく、損害の全額を返還するのが当然である。しかるに、過大収得金を一挙に返還することは、各会社の経済状態を突然不安定化させ、その経済的、社会的信用を全面的に失墜させかねないと危惧して、返還金の大幅な減額と秘密裏の処理を求めて調本に働きかけたのであり、国民に一方的に負担を押しつけて、各会社の利益だけを図ったものであり、甚だ身勝手極まりない動機に基づくものとして、これまた酌量の余地はない。

3 次いで、その態様について検討すると、東通事案においては、一般管理及び販売費から控除すべき交際費や宣伝広告費等の非原価項目を控除しなかったほかに、費用として算入すべき支払利子はその実質から容認されようがなかったのに、管理会計上の概念に過ぎない社内金利をそのまま実際の支払利子として容認するなどしており、遵守すべき訓令にことさら違反する処理を行っており、また、ニコー電子事案では、東通事案同様に、交際費や広告宣伝費という非原価項目を控除しなかったばかりか、防衛庁からの受注とは無関係の民需部門であるバス料金機の製造原価相当額を防需の製造原価に振り替えるという甚だしい不正処理を行い、会計機関の任務を無視した行為を繰り返しているのである。さらに、会計検査院からの調査に備えて、原価差異の補正、すなわち、原価管理上自然発生的に生じた原価の差額を会社側が自主的に返還することになった旨の虚偽の説明を事前に用意して、本件犯行の発覚を巧妙に免れる工作を行っており、犯情は悪質極まりない。

4 また、本件背任による損害額は、東通事案では二一億円余、ニコー電子事案では一四億円余にも達する極めて巨額なものであり、この損害は最終的には国民の負担に帰し、その点の影響も看過し難い上、国を守る自衛隊の防衛装備品等の調達業務を適正に遂行すべき調本に対する社会的信頼を一挙に失墜させたものであり、ひいては、防衛装備品等の調達に際しても、官民の不正な癒着体質が存在するのではないかという疑念を生じさせかねないのであり、本件犯行が社会に及ぼした影響は甚大というほかはない。

5 なお、各会社関係の弁護人らは、各社において工数水増しを続けてきた理由について、根拠に乏しく厳格な調本の査定にその一因があるなどと主張するのであるが、東通においては、相当に高率に設定された社内の利益基準を達成するために工数水増しが行われてきたことがうかがわれ、かかる利益基準を維持したまま、一方で、調本の査定の厳格なことのみを問題とするのは誠に身勝手なものというべきであるし、ニコー電子においては、民需のバス料金機の製造に関する赤字分を防需で賄うために工数水増しが行われてきたことがうかがわれるのであって、いずれの場合も、適正な利益を追求するための正当な企業努力に欠けていたといわざるを得ないから、このような主張が各会社関係の被告人らにとって有利な事情になるとはいい難い。そして、仮に、所論に従った事実が存在したとしても、製造原価の算定等に関して、調本との交渉の機会を設け、堂々と自説を展開してその正当性を主張すべきであり、そのような手段に出ることなく、工数水増しという姑息な手段に及んだことはまことに遺憾であり、結局は、十分な企業努力に欠けるともいえ、所論には到底賛同することができない。

三 本件贈賄について

本件は、被告人B及び同Cが、東通事案及びニコー電子事案の不正処理において重要な役割を果たしたNに対し、各事案の不正な処理に対する見返り等の趣旨の下に、NECの実質的子会社であるシー・キューブド社の顧問料名下に、継続的に合計五三八万円余の賄賂を供与したというものであるところ、公務の廉潔性、特に防衛装備品等の調達業務の公正さに対する国民の信頼を深く傷つけたものとして、犯情がよくない上、長期間、多数回にわたって敢行されており、供与した賄賂の額も多額であること、背任に引き続いて行われていることをも併せ考慮すると、悪質な犯行というべきである。

四 各被告人について

1 被告人A

被告人は、調本の最高責任者の本部長として、東通事案及びニコー電子事案の処理に際しては、部下職員の指揮監督して適正な処理に務めるべき任務があったのに、このような任務に背いて、Nから不正な処理案を進言されると、これを安易に受け入れており、不正処理の違法を主張して反対する部下職員の意見を強引に押さえ込んで、不正処理を押し進めたものであり、幹部公務員として自己の職責に対する自覚に欠ける本件行為は厳しい非難に値する。しかも、被告人は、本件工数水増しの不正処理の機会を利用して、防衛庁退職者を役員等として、関連会社に受け入れさせようともしており、国民全体の奉仕者である公務員としての意識に著しく欠けるというべきである。そして、本件犯行の結果、国に巨額の損害を与えただけではなく、調本による防衛装備品等の調達業務の不正さに対する国民一般の信頼を著しく失墜させ、ひいては防衛庁の防衛行政に対する国民の信頼を揺るがせたものであって、本件犯行で果たした役割の重要さ等を併せ考慮すると、その責任はまことに重大というべきである。

2 被告人B及び同C

被告人Bは、本件両会社の不正処理に際して、NECの官公営業グループの責任者として、東通とニコー電子両会社の経済的利益を図っただけではなく、両会社の水増しの事実が公になった場合に予想されるNEC本体の信用失墜等を回避するため、被告人DにNらの不正処理への協力を命じたり、被告人Cに調本との返還金額の減額交渉を指示して、その経緯等を詳細に報告させており、自らも被告人AやNに対し両事案の不正処理を要請したことがあるほか、被告人Aらからの防衛庁退職者の受け入れ要求に対して、これに応じるべく被告人Eらに働きかけるなどしていたものであり、本件背任において果たした役割は極めて重要なものがあった。また、本件贈賄に際しては、Nからの要求に応じて、シー・キューブド社の顧問料名下に賄賂を供与することを実質的に決定していることも併せると、その責任は重大というべきである。

被告人Cは、NEC官公企画室長または同室防衛営業担当支配人として、東通、ニコー電子の両事案に関して、上司である被告人Bの指示を受けて、調本との減額交渉につき被告人Dの協力を求め、被告人Bに減額交渉の経緯を報告するなどしており、調本との減額交渉等につきNECの組織の上でも重要な役割を果たしている。また、本件贈賄に際しては、被告人Bの指示を受けて、シー・キューブド社社長に、Nを同社顧問として受け入れるように指示していることも併せると、その責任は相当に重い。

3 被告人D

被告人は、NEC無線事業本部特定シムテムブロック防衛事業推進室長として、被告人Bらの指示に応じて、調本との減額処理の実務に当たっており、原価計算理論に精通していたことを悪用して、日頃から親しかったNと頻繁に連絡を取り合って、東通事案では、管理会計上の概念にすぎない社内金利を支払利子として費用として容認する理由付けを考案したり、ニコー電子事案では、赤字を出している民需のバス料金機の製造原価相当額を防需の製造原価に振り替えるという明らかに違法、不当な方法を発案して採用させるなど、本件各背任事件に深く関与し、両事件について重要で不可欠な役割を果たしており、その責任は相当に重い。

4 被告人E、同F、同G及び同H

被告人Eは、代表取締役社長として、東通の経済的利益を図り、株主総会対策等のため、工数水増しの不正処理に全面的に協力し、調本との減額交渉等には、被告人H及び同Gを指示したほか、NECとの連絡役に被告人Fを当たらせ、自らも積極的に被告人Aらと面談して、返還額が一〇億円を切るように減額を要請したり、防衛庁退職者の顧問受入れ要求にも応じており、東通の最高責任者として果たした役割の重大さに照らすと、その責任は相当に重い。

被告人Fは、NEC出身の東通の常務取締役という立場から、被告人Eの指示を受け、工数水増しの不正処理につきNEC関係者と密に連絡を取り、原価計算の専門家である被告人Dや東通の経理担当者の被告人Hに対し、調本との減額交渉を指示しており、その責任は軽視できない。

被告人Gは、本件背任の原因となった工数水増しの責任者である東通の官公営業部長として、日頃から接触のあった調本との減額交渉について東通側の窓口となり、被告人H及び同Dらと不正な減額方法の検討を行い、不正減額についての覚書締結にも関与するなどしており、その責任は軽視できない。

被告人Hは、東通の経理部担当者として、被告人Dらとともに返還金額の減額方法を検討したほか、被告人Eに対し、返還金額の試算額を報告した上で返還金額を一〇億円未満に減額することの必要性を具申したり、経理上の知識を悪用して、減額に当たっての不正処理の方法を教示するなどしており、その責任は軽視できない。

5 被告人I、同J及び同K

被告人Iは、ニコー電子を所管管理するNEC無線事業本部の常務取締役本部長として、ニコー電子事案の発覚を知るや、ニコー電子の倒産やNECの社会的信用の失墜を防ぐため、被告人Jらに対し、被告人Dと連絡を取り合ってその不正処理に協力するよう指示したり、被告人J及び同Kらとともに自ら被告人Aらに対し返還金額減額の不正処理を要請したほか、不正減額の代償としてNらからのニコー電子役員更迭の要求を受け入れて不正処理を現実化したのであり、その責任は軽視できない。

被告人Jは、NEC無線事業本部特定シムテムブロック担当支配人として、直属の部下である被告人Dに対し、調本との減額交渉等に協力すべく要請し、同人から連絡を受けた交渉内容や経過について上司の被告人Iらに遂次報告し、NEC営業部門の被告人Cらとも減額交渉についての連絡を取り合ったほか、ニコー電子関係者と対応策を協議し、自らも被告人Aらに対する不正処理の要請に加担しており、その責任は軽視できない。

被告人Kは、NEC無線事業本部特定シムテムブロック電波応用事業部長であるとともにニコー電子取締役として、上司の被告人Jとともに被告人Dに調本との減額交渉を要請し、ニコー電子関係者らと対応策を協議し、自らも被告人Aらに対する不正処理の要請に加担しており、その責任は軽視できない。

6 被告人L及び同M

被告人Lは、ニコー電子の代表取締役社長として、工数水増しが調本に発覚して返還金額が巨額に上ると知るや、ニコー電子の倒産等を回避するため、被告人Aらの不正処理に全面的に協力するとともに、NECの責任者の被告人Iらと連絡を取って調本との減額交渉につきNECの支援を仰ぎ、部下である被告人Mに命じてニコー電子側の調本に対する窓口とし、不正処理方法を考案する被告人Dに協力させた上、その不正処理案を受け入れたのであり、その責任は軽視できない。

被告人Mは、ニコー電子経理部門の責任者である取締役兼総務部長として、不正処理のための虚偽内容の返還金額算定資料を調本に提出するなどし、不正処理案を考案する被告人Dに協力し、同人ともにNらに直接減額を要請したものであり、その責任は軽視できない。

五 有利な事情

1 以上のように、被告人らに不利な事情が認められるが、他方、本件背任については、国とニコー電子との間に和解が成立し、その被害額分は回復済みであり、東通に関しても、起訴にかかる被害額分については供託に付されており、実質的には被害が回復されたと考えられないではないこと、本件贈賄については、調本副本部長であったNによるいわゆる要求型の犯行といえること、各被告人ともそれぞれその非を認め反省していること、本件発覚後はマスコミに大きく取り上げられ社会的にも厳しい非難にされされ、相当の社会的制裁が加えられたと評価できること、これまで前科がないか(被告人C、同D、同E、同F、同H、同I、同K及び同M)、罰金前科があるのみ(被告人A、同B、同G、同J及び同L)であること、本件を機に、防衛庁では防衛装備品等の調達のあり方が抜本的に見直され、調達機構等の改革により工数水増し等の不正を防止する策が講じられているほか、NECにおいても、本件同様の不祥事の再発防止のため経営監査本部を設置するなどの策が講じられたことなど、被告人らにとってそれぞれ有利な諸事情も認められる。

2 さらに考察すると、被告人Aについては、昭和三九年に防衛庁に入庁以来、教育訓練局長、防衛施設庁長官等の要職を歴任し防衛行政に種々の寄与してきたこと、同人以外の各被告人らも、これまで長年にわたり職務に精励して、重要な役職に就いていたものであり、社会的にも種々の有益な活動を行って、社会に貢献してきたことがうかがわれる。さらに、各会社関係の被告人らについては、本件各犯行は、調達側の被告人Aらが事実上主導して遂行されたものとも見受けられる面があること、被告人B、同C、同I、同E、同F、同Hについては、いずれも従前所属していた会社の代表取締役や取締役等の役職を辞任していること、被告人C、同J、同K、同Gについては、いずれも社内で降格処分に付されていること、被告人Lについては、本件背任の発覚の責任をとらされてニコー電子代表取締役から降りざるを得なくなったこと等、有利な事情もある。加えて、本件各犯行に関しては、濃淡の差はあっても、東通、ニコー電子の役職員はもちろん、多数のNECの役職員も関与している形跡がうかがわれるが、そのうち刑事責任を問われたのは被告人らだけであり、経営幹部として本件に関与している形跡が濃厚でありながら、依然として経営中枢に残っている者も存在していることがうかがわれるのであって、各被告人らにのみ一方的に非難を加えるのは相当ではないとも考えられる。

六 以上の諸事情を総合考慮したときには、本件事案の悪質さを考慮しても、各被告人らの刑についてはその執行をいずれも猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大渕敏和 裁判官髙山光明 裁判官森健二)

別紙別表〈省略〉

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